消えるKと青いアイツ

   助手に青べこがいます。

『私は私その者である』ということ

岡崎洋久『バンビーノ』

理論社出版 2000年5月1日

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 同じ2000年時期に『楽天屋』で賞を取った方らしいです。
 この本を目にしたのは中学校の図書室。本の虫だった私は休憩時間に周りがするような運動もせず決まって利用者の少ない静かなそこへと足を向けていました。同じ位置のコーナーには似たような雰囲気の小説が並び、出来ることならすべて把握したかったところですが、学生というのは社会人とは違った忙しさがあり無理でしたね。その中で印象に残っていた一冊です。
 ふと急に思い出して懐かしくなり、通販で取り寄せました。

 

 ひととおり読んだ感じ「言霊信仰が絡んだ話かな」という印象。最初に読んだころもよくわかっていませんでしたが成人して改めてみてもやっぱりよくわからない。
 しかしファンタジーな部分は夢を駆けるような爽快感があり、現実の日常パートでは共感できる部分もある、空想小説が好きな方向けではないでしょうか。
 ただ多感なお年頃の少年少女がいるところにあるべき本ではない気がします(笑)

 


以下感想(説明するうえで重要な内容も含まれます、悪しからず)


『誰にでも最低ひとつは呪いが掛けられている、それを知れ』

 主人公トシオは本人が主張するには「子供になってしまった大人」らしい。ある時そのような"呪い"を女に掛けられ、仕方なく年相応の生活をする上で小学校へと入学する。舞台はその小学校である。
 小さくなってしまったトシオの保護者を演じるTJはトシオの恋人だが、雰囲気がかなり変わっている、いつも黒服を好んで着ている『魔女』である。ある朝いきなり同棲している男が子供になってしまったことにすかさず対応していることから、掛けられた"呪い"に関係しているのではないかという疑惑を読者に抱かせる、意図的な描写の多いキャラクターだ(こういう女性好きです)
 友達になったハルニワとコウタロウの家庭事情も時々絡ませながら、すでに成熟した人格を内包したトシオはごく普通の『小学五年生』を過ごす―――。

 

 雰囲気はまるっきり名探偵で有名なコ〇ン君ですね、体も小さくチビであることを周囲の子供たちにからかわれながら、本人自身は大人の余裕か悠々とかわしながら過ごす第二のおこちゃま生活。読んでいると確かに「子供時代に当たり前のように存在していた理不尽」が思い起こされて、驚くほどその世界にのめり込んでいた感覚があります。幼いながらの思考の集合体が織りなすコミュニティ、そこに馴染めないというよりも、あえて一線を引いたままで危ない綱渡りでもするかのように日々を過ごしていく。いつか元に戻れるのか?たどり着いた先は?ゴールが気になって夢中で読み進めました。


『ヘイヘイ、バンビーノ!言うことを聞くものよ』

 ざっくりいうと普遍的な日常を描く小学校パートと『魔女』TJとのやり取りが描かれるちょっとおかしな雰囲気の自宅パートに分かれて話が進みます。何がおかしいかというとTJの普段からの言動が独特すぎて、トシオ主観の印象も含めますます人間ではないように思わせるのです。
 神秘的な女性の像を出されると、私としては尊敬するアーティスト椎名林檎嬢の「産むなら女の子がいい」といったエピソードや、願望を現したかのような「女の子は誰でも」を思い出しますね(このことを書くと巷で話題のジェンダー云々で怒られそうなので大きな声では言えませんが)
 まぁこの著書自体、書かれたのは20年以上前だしなぁ。

 そして物語の大詰めともなるとやはりというか、彼女の存在が大きなキーとなります。読み進めていて急に日常からファンタジーパートに移り変わり、おまけに文章で緩和されているものの映像とするとホラーに分類されるような描写もありますので想像力豊かで怖いものが苦手な方にはおすすめできませんね…

 

 結果をバラしてしまうと、実は何も解決しません。結局トシオがどんな大人だったかもはっきりとはわからず、巻き込まれたハルニワとコウタロウもトシオが経験した以上の事実を知ることもなく、TJの謎も明かされない。最後の

 

『やっぱりアイツただのチビだったな』

 

のひとことが全てです。あっさりしたものです。

 

 

 今になって思うのですが、このあっさりした感じってまぁ人生そんなもんじゃないかな、と感じる時と似ているような気がします。人間は他人のすべての経験を知ることはできないし、道中感じた痛みも苦しみも、寄り添うことができる程度で我が身に感じることはどうしたって不可能、つまり、自分ひとりが感じることしか確かなものはない。
この主人公トシオが子供なりの理不尽を受け入れて生きていくにつれて、自身の現状を認めつつあるのが、もともとの人間の持つ習慣性を感じさせる恐ろしいところで、ともすればもしかして最初からすべて妄想だったのかな?という疑問も最後には湧いてきます。

 "呪い"といささか大袈裟な表現するけれど、この中の呪いとは有名な『リング』や『呪怨』みたいな強烈な思念が絡むものではありません。
 ひとつの言葉、ひとつの意思が、ただ生きているだけでも他者の反感を買ってしまうこんな世の中でどれだけの影響力を持つのか。疎ましい相手にわざと悪意を持って吐き出すならともかく、その自覚もない、反撃されるとも考えていない、他意を含まない純粋な意思がいつ刃となって我が身に降りかかるのか。
 この作品は主人公こそ自身がもともと大人だったと主張しているが、持っているものからそれを裏付ける確実に証拠となるものはそれほど多くない。TJは見たまま子ども扱いするし、あるいは本当に彼女は魔女で、主人公を騙して錯覚させているのかもしれない(そんなことをする理由は?との疑問も出るが、そもそもこの世界観からして意味の読めない描写が多い)そうしてトシオは周囲から受ける相応の態度に感化され、「チビで生意気な変わった子供」に収まっていく。


 「自分を形作っていくものは何なのか」を小児けにマイルドに綴った感じ。自分の青春時代にも強く刺さるものがあり個人的にはオススメしたい本です。私も浮いた地底人だったから特に(トシオよりはミオに近いですが)
 目次の各タイトルにも惹かれるものがありますね、個人サイトが流行ってた時代の文字書きが得意な人向けにあった「お題サイト」なるものを思い出す。時期も大体それくらいか…